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戦後70年の節目を捉えた西本部「平和活動」の取り組み

 

年月とともに風化する戦争への記憶。
これに抗す活動として西本部は戦後70年の節目に

”平和への希求”

を次代に引き継ぐ取り組みを実施した。

 

戦後70年を見据えた平和を語り継ぐまとめ集会のもよう(2015年5月30~31日)

世界中で多くの尊い命が犠牲となった先の大戦から70年。過ぎ行く年月により、戦争を身をもって体験し平和を訴えてきた人々から直接話を聞く機会が年々失われるなど、急速に戦争の記憶が風化しつつある。
このような中西本部は、平和で安心して暮らし続けられる社会をめざし、情報労連「平和四行動」をはじめとしたこれまでの平和活動の取り組みに積極的に参加しつつ、2013年から2015年にかけて、「「平和の尊さ」「戦争の愚かさ・悲惨さ」を次代に語り継ぐ活動として、「戦後70年を見据えた平和を語り継ぐ集会」を西本部のシンボリックな活動として位置づける長崎・広島・沖縄の地で実施した。
さらに、総支部・分会においても、この節目を強く意識し、組織全体で取り組みを展開してきた。


【戦後70年を見据えた平和を語り継ぐ集会in長崎】
◆第1回となる長崎集会(2013年12月7~8日)では、情報労連「長崎平和フォーラム」に支援スタッフとしての参加経験者も含むfrage100人が参加し、平和の尊さをあらためて認識するとともに、若年層組合員の平和活動に対する裾野拡大を図った。

献鶴の様子(電気通信労働者原爆被爆者慰霊碑にて)


【戦後70年を見据えた平和を語り継ぐ集会in広島】

◆第2回の広島集会(2014年5月31日~6月1日)では、親子で話し合い、家庭・学校・職場から平和を創り育てることを目的に、組合員とその子供30組を対象に取り組んだ。この中では、現地で原爆被爆の実相に触れることによる「被害者としての視点」と、戦時中、日本軍が毒ガスを製造・使用していた「加害者としての視点」について学習を行なった。

フィールドワーク(大久野島にて)


【戦後70年を見据えた平和を語り継ぐ集会in沖縄】

◆第3回となる沖縄集会(2015年5月29~30日)では、戦時中の惨劇と、米軍基地問題から平和と現状の課題を学び考えることを目的とし、女性組合員30人を対象に開かれた。 集会では、多くの一般住民が巻き込まれた壮絶な地上戦の地に加え、基地建設予定地に赴き、県民の痛みの声を直接聞くなど、今なお続く米軍基地問題について、ニュースでは報じられない実相を学んだ。

キャンプシュワブ視察(辺野古海岸にて)


【戦後70年を見据えた平和を語り継ぐまとめ集会】

◆沖縄集会後、これまでの集会参加者も含め、「まとめ集会」(2015年5月30~31日)を開き、活動の継続と次代へ引き継ぐ必要性を学んだ。これら西本部の取り組みを補完するかたちで、さらなる裾野拡大を目的に、総支部・分会それぞれが創意工夫し、平和活動・学習会を展開するなど、組織全体に「平和」に対する認識と行動の大切さについて浸透を図った。

参加者全員で(平和祈念公園にて)



【総支部・分会等の取り組み】

北陸総支部「情報労連・戦後
70年ピースリレーin 北陸」
(石川)

東海総支部「情報労連・平和
学習会in 三重」(三重)

関西総支部「平和集会」(大阪)



中国総支部「2015親子
ピーススタディ」(広島)


四国総支部「日本電信電話公社
四国電気通信局慰霊碑」
(平和祈念誌から・愛媛)

九州総支部「戦後・被爆70年を
ふまえた平和学習会」(福岡)

西本社総支部「総支部平和学習会」
(大阪)

テルウェル西日本グループ総支部
「総支部平和学習会」(沖縄)

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