2010年07月31日
戦意喪失を狙う無差別攻撃
岡山県(岡山市)

右:焼け残った現NTTクレドビル(岡山空襲平和資料館展示)
1945年6月29日午前2時43分から83分間で岡山市内の63%が焼失、1700人以上の命が奪われた。爆撃の中心点は、現在のNTTクレドビル付近である。
日本用に開発された油脂焼夷弾は木造の建物を焼き尽くし、火の着いたゼリー状の油脂は執拗に体にまとわりつき人体を焼いていく。空襲翌日には黒こげの死体が野積みされていた。

田町橋(岡山空襲平和資料館展示)
岡山空襲の特徴は空襲警報が鳴らなかったこと。市内には軍事工場もないため、爆撃されないとの憶測から、岡山監視隊本部への連絡が遅れたとの話もある。
当時の米軍の対日作戦は、日本国民の戦意喪失を狙い、大都市と全国一八〇ヵ所の空襲対象都市をリストアップしていた。

現在の田町橋
この空襲でも、市の北部にあった兵舎には一発の爆弾も落とさず、まさに市民を狙い撃ちにした無差別殺人攻撃であった。
岡山市では、空襲の記憶を風化させず伝えていくために、戦災資料の募集や発行、戦跡保存、写真展などを行なっている。